英米の生活を知る

 

英米の生活を知る

 

生活から切り離された言語研究は誤訳を生むことがあるから、翻訳者は英米の新聞や週刊誌を読むなりして、英米人の生活を知るように努力する必要があります。

 

例えば昭和四年に西条八十の詞、中山晋平の曲で「東京行進曲」という流行歌がはやりましたが、その歌のなかに「広い東京恋ゆえせまい いきな浅草しのび合い・・・」とありました。

 

この歌詞を今の若者に解釈してもらうと、たいていの人が「東京は広いけれども、二人の恋人が毎日のようにデートするので、昨日は銀座、今日は新宿、明日は浅草というぐあいにデートを重ねていると、さすがに広い東京でもしまいにはデートの場所がなくなってしまう」という意味だというのです。

 

たしかにそれで意味は通りますが、昭和一けた生まれの人であれば、「昭和の初めの頃は、時代の空気として恋人の逢引きは人目を忍んでこっそりしなければならなかったので、さすがに広い東京でも、どこかに知った人の目があるもので、人目を避けるにはまだ狭い」と、正しく歌の意味をとらえます。

 

これは言葉の意味がいかに生活、文化により、限定されるかを示す一例で、言語の解釈には生活、文化の知識が必要です。

 

つまり、“正露丸”は船の名前ではなく、おなかの薬であり、“中将湯”というのは公衆浴場の名前ではなく、煎じ薬であるということを知っておかないといけないということです。

 

この裏返しのことが、われわれが英語を翻訳するときに必要になります。

 

例えば、日本語ではよく会話の中で相手に向かって「うそつき」「うそばっかり」「それうそでしょ」「うそ言わないで」などと気軽に言います。そして言われた方でも笑って聞き流します。

 

ところが英米人はYou are a liar! とか、Don’t tell a lie. You must be lying. などと言われると本気で怒ります。

 

キリスト教は紳士の国ではうそをつかないということを非常に重んじ、「うそ!」「うそつき!」とは極めてきつい非難の言葉、軽蔑の言葉で、言われた方は絶対許さないわけです。

 

相手に大きな心の傷を負わせたり、本当にけんかや決闘になったり、絶交になったりしかねません。

 

日本人が「恥知らず!」「恥を知れ!」「卑怯者」などと言われた以上に傷つきます。そういう文化背景を知っておれば次のような翻訳が可能となります。

 

You are a liar!
うそつきめ。恥を知れ! ―――<お前はうそつきだ>は適訳でない。

 

Oh, you are kidding!
まさか、そんなことうそでしょ!―――<私をからかう冗談でしょ>は適訳でない。