訳文の推敲

 

訳文の推敲

 

翻訳する場合は、一応の下訳ができあがったならば、しばらくおいて、それからまた手に取って読み返してみます。

 

そうすると誤訳している部分や、日本語として不自然な部分などが目につき、ああこのままでは使いものにならないと自分でも思うわけです。

 

そこで一生懸命に直します。またしばらく置いて、もう一度手を入れます。さあ、これでもう完全だ、自分のベストだと思って、今度は知人に渡して読んでもらうと、たちまちひどい誤訳や、拙劣な箇所がいっぱい出てくることになります。

 

やはり書き手と、書いた物とは距離があまりにも近すぎるため、どうしても見落とす誤りがあるものです。

 

人間だれでも当然そのようなことがおこります。そこで、十分な時間をおいて自分で客観的に読み返したり、他人の批評に謙虚に耳を傾けることを忘れてはいけません。

 

書き上げた文章を何度も読み返して練り上げること、つまり推敲することは文章を書く上で大切なことです。

 

洋の東西を問わず一流の作家はみな自分の文章の推敲に骨身を削ります。

 

ヘミングウェイは「老人と海」(The Old Man and the Sea)の原稿を一年かかって二百回も推敲してから発表したといわれています。

 

「涙が頬まで流れても、自分で気が付かぬように拭きもせず、隠しもせず、堂々と前向きの顔で泣いていた」という文句で始まります。

 

「岡本かの子全集」への序文が川端康成の絶筆になりましたが、そのわずか五百文字の文章の推敲に彼は十一枚も原稿用紙を書き損じ、それでもなお未完成原稿のままで机の上に残されていたそうです。

 

翻訳者が翻訳原稿を何度も推敲しないといけないのは当然のことです。

 

翻訳原稿を推敲するには二通りの方法をとると完全に近くなります。

 

その一つは全くの他人に読んでもらい、その感想を謙虚に聞き、改訳すべきところは改訳するという方法です。

 

いま一つは翻訳者自身で行うもので、この場合は一定期間翻訳原稿を放置したあと、原文の英語の単語や構文、語順が頭から消えてから、原文に引かれることなく推敲して自然で通りのよい日本語にします。

 

そしてそのあとで念のためもう一度英語原文を逐一照合して、推敲でニュアンスや文意が原文から外れたところがないことをチェックします。そして最終翻訳原稿とします。

 

翻訳者はゲラ刷りの校正段階でゆっくり手を入れようなどと考えてはいけません。

 

校正時には原稿の推敲段階でうっかり見落としていた誤訳や脱落部分などのごく小さな訂正でなければなりません。

 

推敲は原稿段階で徹底的に行って、すべて済ませておくことが大切です。